A) 導入
今週の世界の教育ニュースを貫く最重要論点は、英国が全国8地域で一斉展開した学校改善プログラム「RISE」の構造にある。中央が枠組みを定めつつ地域主導で実施するこのモデルは、「誰が学校を変えるのか」という問いに対する一つの現代的回答であり、その意味を問う価値がある。
B) 事実の整理
英国教育省は2026年7月17日、ウェスト・ミッドランズ、南西部、南東部、北西部、ヨークシャー・ハンバー、ロンドン、東部、北東部の8地域それぞれを対象とした「RISE」プログラムのガイダンスを一斉に公開した。いずれも2025年9月19日に初版が公開されており、2026年7月の更新でリサーチスクール、SEND(特別な教育的ニーズおよび障害)対応地域チーム、学校ビジネス専門家ネットワークの3セクションが共通して追加されている。
各地域には「RISE地域推進パートナーシップ」(地域によって「地域指導」「地域実行」「地域改善」など呼称が微妙に異なる)が設置され、地域のアカデミー・トラストや地方自治体、教育リーダーが中核を担う。支援体制は支援ハブとセクター主導ネットワークの二層構造をとる。
一方、日本では文部科学省がデジタル教科書の指針策定に向けた検討会議を開催し、2030年度の小学校導入に向けた政省令・標準仕様の年度内策定を進めている。また社会・地理歴史・公民の教育課程改善ワーキンググループや総則・評価特別部会の審議も続いており、複数の政策が同時並行で動いている。
世界銀行はボツワナへの報告書で、教育改革として「供給主導型から労働市場需要と連携した体制への転換」と「職業訓練機関の自主権付与と説明責任強化」を勧告。中国は副大臣外交を通じてニュージーランド、オーストラリア、ベラルーシなど複数国と教育協力を積み重ね、工学・AI・デジタル分野での人材育成を軸にした国際連携を広げている。
C) 論評
C1) 「RISE」モデルの本質——中央集権でも地方分権でもない第三の道
英国RISEの構造で注目すべきは、その「二重性」にある。プログラムの目的・支援類型・更新タイミングは中央(英国教育省)が統一しているにもかかわらず、実施主体は地域のアカデミー・トラストや地方自治体で構成されるパートナーシップに委ねられている。8地域で同日公開し、7月更新でも同一の3セクションを一斉追加するという動きは、中央の設計がいかに精緻に機能しているかを示す。
しかし同時に、各地域のパートナーシップは固有の構成員を持ち、「地域計画」に基づいて支援を実装するとされている。ウスターシャー・カウンティ・カウンシルが参加するウェスト・ミッドランズと、ルーシー・レイキン氏らが率いるヨークシャー・ハンバーとでは、地域の顔ぶれもガバナンスの質も異なる。中央は「何を」「どの類型で」支援するかを決め、「誰が」「どのように」実装するかは地域が決める——この分業こそがRISEの設計思想である。
これは純粋な中央集権でも地方分権でもない。強いていえば「条件付き地域主義」とでも呼ぶべき第三のモデルだ。リサーチスクールを通じたエビデンス基盤の共有と、地域リーダーによる現場対応の柔軟性を組み合わせることで、画一的な指導と放任的な分散化の双方の弱点を補おうとしている。
C2) 「セクター主導」という言葉が示すもの
RISEの記述に繰り返し登場するのが「セクター主導ネットワーク」という表現だ。ここでいう「セクター」とは教育セクター、すなわち学校・アカデミー・トラスト・教育関係機関の専門家集団を指す。政府や行政が学校を「管理」するのではなく、教育の専門家集団が互いに学び合い、改善を自律的に駆動するという発想がここに込められている。
この発想は、世界銀行がボツワナへの勧告で示した「雇用主主導のセクター別スキルパートナーシップ」や「職業訓練機関の自主権付与」とも通底する。産業界・教育界の当事者が設計・実施の主体となり、行政はそれを枠組みと資金で支援する——この方向性は英国固有の現象ではなく、教育政策の国際的な重力の変化を示している。
C3) 日本との対比——「審議会」と「パートナーシップ」の違い
日本では同期間に、文部科学省の中央教育審議会で複数のワーキンググループや特別部会が審議を重ねていた。社会・地理歴史・公民の教育課程改善、芸術教科の評価改革、総則・評価の取りまとめ案——いずれも重要な政策課題だが、その審議構造は「中央の審議会が答申を出し、各学校はそれに従う」という流れを基本としている。
英国RISEとの最も鮮明な違いは、改善主体の所在にある。日本では政策立案の中心が中央の審議会にあり、学校現場はその実施者として位置づけられる傾向が強い。RISEでは、地域のアカデミー・トラストや教育リーダーが設計と実施の両面に関わる「パートナー」として登場する。この違いは、教育改善の速度・柔軟性・現場への浸透度に影響を及ぼしうる構造的差異である。
ただし、日本でも2026年7月にデジタル教科書の検討会議が「2030年度導入」という明確な目標と工程表を示したことは、単なる審議の積み重ねを超えた政策の具体化として注目できる。さらに文部科学省の科研費「学術変革領域研究」の公募や日ASEAN科学技術協力会議における連携強化の動きは、高等教育・研究政策において日本も国際的な協働を意識し始めていることを示している。
C4) 中国の「外向き」戦略とその含意
今週は中国教育部の記事も目立った。ニュージーランド、オーストラリア、ベラルーシ、中央アジア15カ国、フランス、イタリアと、短期間に複数国・地域との教育協力を展開している。共通するテーマはAI・デジタル・工学・人材育成であり、「シルクロードが未来をつなぐ」というウルムチでの会議テーマに象徴されるように、地理的・文化的な影響圏の拡大という意図も読み取れる。
英国が国内の地域間格差是正に重心を置く「内向き」の学校改善に取り組む一方、中国は国際的な教育ネットワークの拡張という「外向き」の戦略を加速させている。どちらが正しいというものではないが、教育政策の優先課題が国の発展段階や戦略的位置づけによって大きく異なることを、この対比は鮮明に示している。
D) 結び
英国RISEが示した「中央の枠組みと地域の主体性の組み合わせ」は、教育改善における一つの有力なモデルである。しかし、このモデルが実際に成果を上げるかどうかは、地域パートナーシップの質と、現場の教師がその仕組みをどれだけ「自分たちのもの」として受け取るかにかかっている——果たして「制度の設計」は「文化の変革」まで届くのだろうか。
