中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会の体育・保健体育、健康、安全ワーキンググループは、令和8年7月10日にウェブ会議と対面を組み合わせた方式で第11回会議を開催しました。議題は「議論の取りまとめに向けた検討」で、前回の骨子案に寄せられた意見を踏まえた取りまとめ案の検討が進められました。
会議では、主査代理の植田委員と主査の友添委員がプレゼンテーションを行いました。植田委員は「新時代の保健教育への期待」と題して、次期学習指導要領に向けた保健教育の方向性を説明しました。主体的・対話的で深い学びの実装、多様性の包摂、実現可能性の確保という3つの基本的考え方が示され、具体的な授業事例を通じて、児童生徒が当事者意識を持ち、グループ協働を通じて新たな考えを生み出す学習過程の重要性が強調されました。また、保健教育における「共生」というキーワードの下、当事者である児童生徒の存在を前提とした授業設計や、プライバシー保護と相談体制の整備が求められることが指摘されました。
友添主査は「身体性を軸とした教科論」の視点から、AI時代における体育の本質的役割について論じました。明治政府が西南戦争後に近代的身体形成を課題とし、体操練習場を設置して体育教師養成に着手した歴史を辿りながら、体育が社会の要請と密接に結びついて発展してきたことを説明しました。その上で、現代社会におけるAIとアルゴリズムの浸透の中で、生身の身体が世界との繋がりを失う「身体の不在」という課題に直面していると述べました。
友添主査は、身体は単なる肉体ではなく、フランスの現象学者メルロ・ポンティが指摘するように「世界を感じ取って意味づける主体の根源」であることを強調しました。AIがどれほど高度な推論を行っても、汗をかいて、他者と触れ合い、重力に抗う生きた身体の経験を代替することはできず、人間固有の「身体的叡智」がここに存在すると述べました。
次期学習指導要領における体育の方向性として、技能習得の場を超えて、AIには到達できない身体的叡智を育む場として再定義することが必要であると指摘されました。具体的には、自らの身体を制御し、不確実な運動空間の中で即興的に最適解を見出すプロセスこそが、身体を通した人間固有の学びの本質であることが強調されました。
運動・スポーツが常に不確実性に満ちていることに着目し、思い通りにならない身体や予測できない他者の動きという不全感を克服していく過程で育まれる非認知能力が、子供たちが未来を生き抜くためのレジリエンスの基盤となると述べられました。また、体育が提供するデジタル仮想空間では得られない確かな自己の身体的実在感が、自己アイデンティティの形成に重要な役割を果たすことが指摘されました。
社会が体育に求めるのは競技者の育成ではなく、自らのウェルビーイング(心身の良好な状態)を身体的に舵取りできる市民の育成であり、身体という自己の根源を使いこなし、能動的に世界に関わることができる「身体のリテラシー」の育成が必要であることが強調されました。
今後の体育授業の転換として、技能の正解を教え込む授業から、子供が自分の身体で考える経験を積み重ねる授業への移行が求められることが述べられました。具体的には、動きを試し違いを感じ取る時間の確保、ペアやチームでの協働を通じた相手の身体性の読み取り、予測不能な状況での判断経験、身体で感じたことの言語化と学びの定着が挙げられました。
事務局からは、前回の骨子案に対する委員の意見を踏まえて修正した取りまとめ案が説明されました。表記の揺れや文言の適正化が行われるとともに、内容的には「学校で体育や保健を学ぶ本質的な意義」の記述において、協働的に学ぶことの特徴性がより明確に示されるよう修正が加えられたことが報告されました。
出典:文部科学省ウェブサイト「教育課程部会 体育・保健体育、健康、安全ワーキンググループ(第11回) 議事録」https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/112/gijiroku/mext_00012.html
本記事は一次情報をもとにWorldEdu Report編集部が編集しています。編集方針:運営者情報
