A) 導入
今週の日本の教育行政は、次期学習指導要領の策定、第5期教育振興基本計画の諮問、大学支援の新制度設計、そして情報教育をめぐる報道訂正と、複数の重要な動きが重なった。各施策に共通するのは、「学校・大学を社会に開く」という方向性と、それを「国が責任を持って設計する」という集権的な方法論の並走である。この二つの志向がどのように折り合いをつけているかを問うことが、今週の論点の核心にある。
B) 事実の整理
文部科学省は8月21日、第5期教育振興基本計画の策定を中央教育審議会に諮問した。教育基本法第17条に基づき政府が策定するこの計画は、すでに4期にわたる実績を持つ。同じく8月31日には、中央教育審議会の教育課程企画特別部会第17回会合が開催され、次期学習指導要領に向けた審議まとめの素案が議題となった。小学校では総合的な学習の時間に「情報の領域」を付加し、中学校では「情報・技術科」を創設するという方向性が示されており、文部科学省は標準授業時数の具体的な実数を「国が責任を持って示す」としている。
この情報教育をめぐっては、8月19日付の東京新聞社説に事実誤認があったとして文部科学省が8月24日に指摘、同紙は8月22日付で訂正を掲載している。また、文部科学省と経済産業省は6月22日、「産業競争力・研究力中核大学群に関するワーキンググループ」の初会合を開催。17分野の研究力を持つ大学を10〜15年にわたり重点支援し、3年ごとのステージゲート評価で認定継続を判断する新制度の検討を始めた。さらに、社会教育主事と社会教育士の養成を統合する改革案、民間推薦を取り入れた「社会に開かれた教育実践奨励賞」の推薦募集開始、コミュニティ・スクール研究大会の開催告知と、学校と地域・社会をつなぐ施策も相次いだ。
C) 論評
C1) 「社会に開く」という共通語が指すものの違い
今週の施策群を通観すると、「学校・大学を社会に開く」というフレーズが複数の文脈で繰り返されていることに気づく。コミュニティ・スクール研究大会のテーマは「学校をひらく。共創の場へ。」であり、社会に開かれた教育実践奨励賞は学校と社会の「共有理念の実現」を表彰対象とする。産業競争力・研究力中核大学群の構想は、大学に「経済圏への貢献」を求める。社会教育士の養成改革では、民生委員など社会教育以外の実務経験者にも門戸を広げる方針が示された。
しかし「開く」の中身をよく見ると、それぞれの方向性はかなり異なる。コミュニティ・スクールや奨励賞が想定する「開き方」は、地域住民や保護者との双方向的な関係構築であり、学校が地域に埋め込まれていく動きだ。一方、大学群支援における「開き方」は、産業・経済圏への接続であり、大学が国家の成長戦略を担う機関として再定義される方向を帯びている。前者は「学校の外に地域がある」という発想、後者は「大学の外に産業界と国家戦略がある」という発想であり、「開く」という共通語が指す相手も、開くことの意味も、実は大きく異なっている。同じ言葉が異なる論理を覆い隠してしまうことに、注意が必要である。
C2) 「国が責任を持って示す」という方針の射程
情報教育をめぐる報道訂正の件は、一見すると些末な事実確認の話に見えるが、その内実は重要な政策メッセージを含んでいる。文部科学省が問題とした論点の一つは、「各学校の裁量で他教科の授業時間を削減する」という報道の表現だった。これに対して文部科学省は、授業時数の具体的な配分は「国が責任を持って示す」と明言した。
この発言は、学習指導要領改訂の文脈で「学校裁量の拡大」が語られることの多い昨今において、際立って集権的な立場の表明である。情報教育という、社会の変化に対して学校現場が最も柔軟に対応すべきと思われる分野においてさえ、時間配分の決定権を国が握ることを明確にした。これは「社会に開く」という方向性と、「国が設計する」という方法論の間の緊張関係をよく示している。学校が社会と接続する内容と仕方を、学校自身ではなく国が設計する——この構造は、第5期教育振興基本計画の諮問や次期学習指導要領の審議まとめという上位の政策過程とも一貫している。
C3) 大学支援制度が問い直すもの
産業競争力・研究力中核大学群の構想は、10〜15年という長期支援と3年ごとのステージゲート評価を組み合わせた点で、これまでの単年度・短期の競争的資金とは異なる設計思想を示している。継続的な支援によって中長期の研究投資を可能にする一方、評価によって認定継続を審査するという仕組みは、大学に「成長戦略の17分野」への貢献を求める条件と抱き合わせになっている。
ここで問われるのは、大学の自律性と国家の産業戦略の関係である。支援の長期化はそれ自体として望ましい面があるが、支援の前提として「産業競争力ビジョン」や「経済圏への貢献」が要件化されるならば、大学が独自の学術的判断で研究の方向を決める余地はどこまで確保されるのか。事務局が海外大学や産業界のヒアリングを予定し、年内の制度設計完成を目指しているという進行速度も、この問いを急いで閉じようとしているように見える。
C4) 社会教育改革が示す「資格統合」の含意
社会教育主事と社会教育士の養成統合は、比較的地味な施策に見えるが、資格制度の設計という観点からは示唆に富む。「2階建て」式の養成を統合し、受講資格を緩和して民生委員など隣接分野の実務経験者も対象に含めることは、社会教育の担い手を広げようという意図を示す。大学の養成課程では実習を1単位から2単位に拡充し、総単位数を22単位程度へ調整するという具体的な数字も示されている。
奨励賞が「民間団体からの推薦と有識者選考」を特徴とすることとあわせて見ると、社会教育の領域では行政的な資格・表彰の枠組みを維持しつつ、その入口と評価者を外部に開いていくという方向性が読み取れる。学校教育が「国が責任を持って設計する」という方向と対比すると、社会教育においては相対的に多様なアクターへの開放が進んでいる。この非対称性は偶然ではなく、学校教育に課せられた国家的要請の重さを反映したものかもしれない。
D) 結び
「学校を社会に開く」という方向と「国が教育を責任を持って設計する」という方向が同時に進んでいるとき、「開かれた学校」の主語と受益者は本当は誰なのか——読者にはその問いを手元に置いておいていただきたい。
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