文部科学省は2026年7月16日、デジタル教科書の発行・採択に関する指針を検討する会議の第3回を開催しました。会議では、認知科学と情報インターフェース設計を専門とする研究者が、紙とデジタルツールが学習に与える影響について科学的知見を報告しました。
【読み書きにおけるプロセスの違い】
専門家は、読書という活動が単なる視覚情報の処理ではなく、手指を使う行為と不可分であることを指摘しました。ページをめくる、複数の資料を並べて比較する、指でなぞる、書き込むなど、読み手は頻繁に手を使うため、紙は「表示メディアというより操作メディア」だと述べました。
実験結果によると、デジタル画面で文章を読む場合、紙での読みと比べて「shallow hypothesis(浅い読み)」と呼ばれる現象が起こります。つまり、読み返しや読み飛ばしが増え、読み方が素早くなる傾向が見られました。また、マインドワンダリング(別のことを考える心理状態)も増加し、文章全体の要約よりも細かな事実レベルの情報処理に注意が向くようになります。
さらに重要な指摘として、「分かった気になりやすさ」が指摘されました。実験参加者が「デジタルの方が理解できた」と自己評価しても、実際のテスト成績ではむしろ紙での学習の方が高いという矛盾が生じることが多いとのことです。特に若年層でこの傾向が顕著で、人は自分の学習状況を正確に判断できないことがあると述べられました。
【手書きメモの効果】
講義聴講時のメモ取りに関する実験では、ノートパソコンでタイピングしてメモを取る学生と、紙に手書きでメモを取る学生とを比較しました。その結果、手書きの学生は、講義内容の量は少ないながら理解度が高く、試験成績が優れていました。
プロセス分析から、パソコンでメモを取る場合は講師の発話をそのまま記録する傾向が強く、いわば「入力マシーン化」している状態になることが判明しました。一方、手書きの場合は情報を自分の言葉に置き換えたり重要点を選別したりしながら、講義を聴きながら同時に思考が行われていました。
興味深いことに、「自分の言葉に置き換えてメモを取るように指示する」という教示を加えても、パソコンユーザーの行動は変わらなかったとのことです。つまり、「心がけだけでは自分の行動を変えられない」ことがあり、道具そのものが人の行動と思考を決定するということが示されました。
【描く作業における思考の違い】
アナログでの描画では、手が動いて線が引かれ、その後で描いたものを認識する「描いてから考える」というプロセスが生じます。対照的に、デジタルツール(パワーポイントなど)では、先に線コマンドを選択し、始点と終点を指定してから線が描かれるため、「描く前に何を描くかを宣言する」必要があります。
この違いは単なる手順の違いではなく、デジタルツールでは各ストロークに意思決定が必要になり、思考プロセスが制約されることになるとの指摘がありました。さらに、デジタルでは描かれたものが「きれいすぎる」ため、デザイン問題を解決する代わりに、見た目の美しさを整えることに時間を費やしてしまう危険性があると述べられました。
【小学校での実験事例】
小学校1年生の算数授業で、紙のグループとタブレットのグループを比較した実験では、正答率に違いはありませんでした。しかし、問題解答のアプローチに違いが見られました。発想の転換が必要とされる解法については、紙グループの方が優位に多く採用していました。
ビデオ分析の結果、タブレットグループでは意図しない振る舞い(ページめくりの失敗、色選択の誤り)が多く、思考を中断させた可能性が指摘されました。また、描き直しの回数が圧倒的に多く、数をかぞえるという元の学習目的から外れて、「きれいなリンゴを描く」ことに注力する傾向が見られました。
対照的に、紙グループでは、ペアでの議論が活発で、課題に関連した発話が多く、相手と顔を見て対話するアイコンタクトが多く見られました。研究者はこうしたプロセスの違いが、紙グループでより多くの発想の転換を可能にしたと考察しています。
【提言と今後の課題】
研究者は、同じコンテンツを表示できても、道具が変わるとパフォーマンスと思考が変わることを強調しました。さらに、「できることを重視しすぎない」ことの重要性を述べ、デジタル化によって新たに「できるようになったこと」の背後には、常に「できなくなることもある」という側面があると指摘しました。
タブレットなどの汎用デバイスは便利ですが、「何にでも使えるがどれにも最適ではないアーミーナイフのようなもの」であり、学習目的ごとに最適な道具を選択する必要があると述べられました。教科書の形態選択には、先入観や市場トレンドではなく、科学的証拠に基づいた慎重な判断が必要であるとの主張で、報告が締めくくられました。
出典:文部科学省「デジタルな形態を含む教科書の発行・採択等の指針に関する検討会議・第3回議事録」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/206/gijiroku/mext_02422.html
